判決言渡

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平成20年10月31日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成19年(ワ)第17519号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成20年8月29日

         判           決

   東京都文京区水道二丁目5番25号−202号
       原          告   藤   岡   信   勝
       同訴訟代理人弁護士   稲   見   友   之
       同              福   本   修   也
   東京都大田区久が原三丁目21番18号
       被          告   八   木   秀   次
       同訴訟代理人弁護士   岩   渕   正   紀
       同              岩   渕   正   樹
       同              松   永   暁   太

          主          文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
           事 実 及 び 理 由
第1 請求
   被告は,原告に対し,1100万円及びこれに対する平成18年6月28日
  から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,新しい歴史教科書をつくる会(以下「つくる会」という。)の元会
  長である被告が、現会長である原告の日本共産党離党の経歴等に関し,?つく
  る会元会長の西尾幹二(以下「西尾」という。)外数名の自宅に,誤った事実
  を記載した匿名の文書をファクシミリ送信し,?月刊誌「諸君!」平成18年
  7月号に掲載された手記及び雑誌「SAPIO」平成18年7月12日号に掲
載された手記において,誤った事実を公表し,もって原告の名誉を毀損したと
して,原告が,被告に対し,不法行為に基づき,慰謝料1000万円,弁護士
費用100万円及び最後の不法行為日の翌日である平成18年6月28日から
支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案で
ある。
1 前提となる事実(証拠で認定した事実については,各項の末尾に証拠を摘示
 した。)
 (1) 当事者等
 ア つくる会は,平成9年1月,原告をはじめ,学者,評論家,ジャーナリ
  ストらが「自虐的な」歴史教科書の氾濫を憂い,自ら支持する教育観及び
  立場から執筆した歴史教科書を世に出すために結成した会であり,「新し
  い歴史教科書」を企画,立案し,その出版と採択を推進している。
 イ 原告は,拓殖大学日本文化研究所教授の地位にある学者であり,つくる
  会の創立者の一人であって,現在,同会会長を務めている者である。
 ウ 被告は,高崎経済大学教授の地位にある学者であり,平成16年7月2
  9日から平成18年2月27日までの間,つくる会の会長を務めていた者
  である。
 (2)本件に至る経線について
 ア つくる会における内部対立
   つくる会においては,平成17年8月ころから,事務局長宮崎正治(以
  下「宮崎」という。)の処遇,会員管理システムの開発責任等をめぐり,
  執行部及び理事会内部で激しい意見対立が生じていた。すなわち,執行部
  においては,原告及び西尾を中心に,宮崎の責任を追及する意見が多数で
  あったが,理事会の多数を占める新田均(以下「新田」という。),内田
  智,勝岡寛次及び松浦光修(以下「新田ら4名」という。)は,宮崎を擁
  護する意見であり,あわせて西尾の影響力の排除を求めていた。被告は,
当初,原告及び西尾を支持する立場であったが,次第に新田ら4名の意見
に同調するようになったことから,原告らは被告に対する不満を強めてい
った。
 平成18年1月当時,つくる会の会長は被告,副会長は原告,遠藤浩一,
工藤美代子及び福田逸,名誉会長は西尾であったが,同月17日,西尾は
名誉会長を,遠藤浩一,工藤美代子及び福田逸は副会長をそれぞれ辞任し
た。その結果,執行部は,会長である被告,副会長である原告によって構
成されることになった。
                 (甲2,12,14,19,24)
イ 平成18年2月27日開催のつくる会理事会
  上記理事会において,原告の副会長からの除名動議が新田により提出さ
 れ,被告は賛成票を投じたものの,僅差で否決された。
  次いで,宮崎の事務局長職からの退任が決定され,さらに,これまでの
 責任を問うとして,被告が会長職を,原告が副会長職をそれぞれ解任され
 た。その結果,執行部が存在しないこととなったため,急遽,平成17年
 夏ころからつくる会の運営から離れていた種子島経(以下「種子島」とい
 う。)が会長に選出された。
  その後,原告及び福地惇(以下「福地」という。)は,同年3月1日
 種子島によって,会長補佐として任命された。
                         (甲2,12,乙1)
ウ 本件文書の送信
  平成18年3月8日ころ,以下の内容の文書(以下「本件文書」とい
 う。)が,つくる会元会長である西尾外数名の理事の自宅にファクシミリ
 送信された。
 「警察公安情報
  藤岡教授の日共遍歴
  日共東京都委員会所属不明
  S39 4月16日開催の道学連在札幌編集者会議出席,道学新支部再
      建準備会出席
  S41北海道大学大学院教育学部所属
  S56 東大教育学部助教授
  HlO 東大大学院教育学研究科教授
  H13 日共離党
                               (甲26)
エ 平成18年3月28日開催のつくる会理事会
  上記理事会において,被告及び原告は,これまでの紛糾について反省と
 謝罪を述べた。その後,種子島は,自ら会員及び支持団体の意見を調査し
た結果として,被告の会長復帰を期待する声が多いことを報告した上で,
 被告を副会長に任命するとともに,同年7月の総会で会長に復帰させるこ
 とを提案した。その結果,被告が副会長に選任されるとともに,総会での
 会長復帰については理事会の申し合わせ事項とし,外部へ公開しないこと
 とされた。さらに,種子島は理事間の内紛は一切やめることを提案し,了
 承を得た。
                      (甲2,12,36,乙1)
オ 平成18年4月30日開催のつくる会理事会
  上記理事会において,種子島は会長を,被告は副会長をそれぞれ辞任し
 た。
  その後,原告及び福地は,「会の混乱の原因と責任に関する見解」と題
 する2文書を配布して,本件文書の配布等に関する被告の責任を追及したが,
 被告は,本件文書の配布等への関与を否定した。
  さらに,新田ら4名が理事を辞任し,種子島 被告とともに理事会を退
 席した後,原告ら残る理事は,高池勝彦を会長代行に,原告及び福地を副
 会長に選任した。
                         (甲2,12,乙1)
カ 西尾手記
  西尾は,平成18年5月31日ころ,雑誌「SAPIO」2006年6
 月14日号に「私が『新しい歴史教科書をつくる会』を去った理由」と題
 する手記(以下「西尾手記」という。)を記載した。西尾手記には,以下
 のとおりの記述がある。
  「では,このような怪文書を『つくる会』関係者に送りつけたのは誰な
 のか。それは証明できないが,問題は『つくる会』関係者や産経記者の前
 でこの文書を『単なる噂ではない』と断言し,その根拠を問われると,
 『公安と自分はパイプがあって,これには確かな証言がある』と触れ回っ
 ていた者がいることである。これは,自ら怪文書を送信するのと本質的に
 は変わらない。しかも公安の影をちらつかせて仲間を脅迫するなど,『公
 安のイヌ』と呼ばれて言論人としての資格を剥奪されても文句は言えない
 行為であろう。それを少しも悪びれることなくやったのは,2月27日の
 理事会で会長を解任された八木氏その人であった。」
                               (甲24)
キ 本件第1手記
 被告は,平成18年6月1日ころ,月刊誌「諸君!」2006年7月号
 に,「独占手記 さらば『つくる会』内紛の全真相を綴る さては西尾幹
 二名誉会長の『文化大革命』だったか」と題する手記(以下「本件第1手
 記」という。)を掲載した。本件第1手記には,以下のとおりの記述(以
 下「本件記述1」という。)がある。
 「次いで,三月中旬辺りに出回っていた藤岡氏の共産党履歴に関する文書
 について,私がこの文書に関わっているとの疑惑が浮上したとして,藤岡
 氏と福地氏が問題にし,種子島会長に私を査問するよう求め始めた。その
 文書は私のところにも三月中旬辺りには来ていた。その頃,私を中傷する
 怪文書もいくつか出回っていたが,藤岡氏に関するこの文書,特にそこに
 書かれていた『H・13 日共離党』という記述については少々噂になっ
 ていた。私は正式に離党が受理されるまでに時間が掛かったのでは,くら
 いに受け止め,あまり問題にしていなかった。ただ,何人かの人が『あの
 人の体質は共産党そのままだ』ということを言い出していたので,念のた
 めと思って知り合いの公安関係者に問い合わせてみた。しばらくして『確
 かにうちのデータではそうなっていますね』との返事があった.それを親
 しい人数人に『公安関係者はそう言っていますね』と語っただけだった。
 これまた迂闊にも福地氏と会った際に,同氏が西尾氏と連携しているとは
 知らずに,そのことを雑談の中で話してしまった。」
                                (甲2)
ク 本件第2手記
 被告は,平成18年6月27日ころ,雑誌「SAPIO」2006年7
 月12日号に,「SAPIO6月14日号『私が「新しい歴史教科書をつ
 くる会」を去った理由』に異議あり 西尾幹二氏の『手記』に反論する」
 と題する手記(以下「本件第2手記」という。)を掲載した。本件第2手
 記には,以下のとおりの記述(以下「本件記述2」という。)がある。
 「西尾氏は私が『「公安と自分はパイプがあって,これには確かな証言が
 ある」と触れ回っていた』と書いているが,事実は異なる。私は自分のと
 ころにもきた藤岡信勝氏の共産党歴に関わる『警察公安情報』について,
 念のため,と思って公安関係者に問い合わせた。『うちのデータではそう
 なっている』との回答があったので,それを親しい数人に話しただけの話
 である。『触れ回った』という話に仕立てたのは『警察公安情報』に踊ら
 された西尾氏と同氏と親しい福地惇氏である。私は福地氏に会った際,同
 氏からその話題が出たので,『公安関係者はそう言っていますね』と言っ
   ただけである。」
                                 (甲3)
2 争点
(1)被告による本件文書の作成及び配布の事実の存否
(2)本件文書 本件記述1及び本件記述2(以下,これらを一括して「本件文
 書等」という。)による原告の名誉毀損の有無
(3)原告の損害額
3 争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(被告による本件文書の作成及び配布の事実の存否)について
  (原告の主張)
  被告は,平成18年3月8日ころ,本件文書を作成し,西尾外数名のつく
  る会の理事の自宅にファクシミリ送信した。
   原告の日本共産党履歴に関する文書を最初に作成したのは被告であり,被
 告と共謀した株式会社産業経済新聞社(以下「産経新聞社」という8)記者
 渡辺浩(以下「渡辺」という。)がこれをもとにいくつかのバージョンの文
 書を作成した上,同日ころ,被告の関係者がこれをコンビニエンスストアか
  ら西尾外数名の理事の自宅にファクシミリ送信した。被告と共謀していたの
 は,渡辺のほか,宮崎及び新田である。
   このことは,以下の事実から明らかである。
  ア 渡辺の告白
    渡辺は,平成18年4月3日,原告と面談した際,両手をついて額をテ
  ーブルにこすりつけて「申し訳ありませんでした。」,「腹を切ってお詫
   びしなければならない。」と謝罪し,1か月ほど前に被告から原告に関す
  る公安情報なるものを見せられてすっかり信用し,原告は教科書連動の敵
   だと考えるようになったが,それが全くの虚偽であることが警察情報によ
   り分かった旨告白した。
  その後,渡辺は,同月6日,原告と面談した際,原告から「前回あなた
 と会ったとき,汚いことはするなと謀略メンバーに言うことを約束したは
 ずだが,約束は果たしたのか。」と尋ねられると,「ちゃんと言いまし
 た。」と答え,さらに原告から「誰と誰に言ったのか。」と尋ねられると,
 「八木,宮崎,新田です。」と答えた。原告が,渡辺に対し,本件文書と
 は「警察公安情報」が「警察・公安情報」と,「藤岡教授の日共遍歴」が
 「藤岡教授日共遍歴」と異なる以外は同一の記載である文書を見せて確認
 したところ、渡辺は「八木氏から見せられたのは5行からなる文書で,こ
 の文書にある最初の3行はなかった。」と答えた。
  また,渡辺は,同月4日,つくる会事務局長代行であった鈴木尚之(以
 下「鈴木」という。)と面談した際,「鈴木さん,申し訳ありません。」
 と言ってテーブルに頭をこすりつけ、「とにかく謀略はいけません。謀略
 はいけません。八木,宮崎にもう謀略は止めようと言ったので,もう謀略
 はありませんから・・・・。私は産経新聞を首になるかもしれない。」と
 言って謝った。
  渡辺が,被告,宮崎及び新田に対し,謀略を止めるように伝えた後,原
 告の日本共産党離党等に関する匿名文書の送付等はなくなった。
イ 被告の告白
  鈴木が,平成18年4月5日,被告と面談した際,「産経の渡辺記者が,
 藤岡さんに話したことと同じことを私にも言っているのだから,これはも
 う重大なことですよ。最悪のことを考えて対処しないと大変なことになり
 ますよ。とにかく記者は顔色をなくして私にこう言ったのだから。謀略は
 いけない,謀略はいけない。」と話したところ,被告は,「謀略文書をつ
 くったのは産経の渡辺君のくせに‥・・。彼は,1通,いや2通作った。
 これは出来がいいとか言ってニヤニヤしていたんだから。」とつぶやいた。
ウ 土井の関与
  平成18年3月当時つくる会事務局員であった土井郁磨(以下「土井」
 という。)は,同月末ころ,本件文書の別のバージョン(本件文書とは,
1行目の「警察公安情報」の記載がない点,2行目の「藤岡教授の日共遍
 歴」の記載が「藤岡信勝氏」となっている点,「H3 湾岸戦争」及び
 「H9 新しい教科書をつくる会設立」との記載が加えられている点が異
 なるもの)を所持していた。また,当時つくる会事務局員であった的場大
 輔(以下「的場」という。)は,鈴木に対し,土井が本件文書をつくる会
 事務局近くのコンビニエンスストアからファクシミリ送信していた旨話し,
 また,渡辺も,鈴木に対し,同趣旨の話をしていた。
  土井は,被告がつくる会事務局に推薦した人物であり,現在,被告が理
 事長を務める教育再生機構の事務局に勤務している。
エ 書簡添付文書
  鈴木は,平成18年3月24日 原告と被告の対立を仲裁しようとして,
 原告と西尾との間の往復書簡(西尾が同年2月3日に原告に送信した電子
 メールの写しに,原告が手書きで反論を加えて西尾にファクシミリ送信し,
 さらに西尾が手書きでコメントを加えて原告にファクシミリ送信したもの。
 以下「西尾・藤岡往復書簡」という。)の写しに一部改ざんを加えた文書
 (以下「鈴木交付文書」という。)を手渡した。その際,鈴木は,被告に
 対し,「これは西尾先生と藤間先生の間の私信だし,藤岡先生にも断って
 いないから,絶対に人に見せないように。」と言ったところ,被告も「絶
 対に見せない。」と約束した。ところが,同月31日,鈴木交付文書の一
 部の一部を消去した書面に別の書面を添付した文書(甲21。以下「書簡
 添付文書」という。)が,西尾の自宅にファクシミリ送信された。
 また,書簡添付文書の1枚目には「『フジ産経グループ代表の日枝さん
 が私に支持を表明した』と八木が明かすと会場は静まり返りました。」と
の記載があるところ,同年3月28日開催のつくる会理事会において被告
 は上記記載の発言をしており,書簡添付文書を作成した者は,上記理事会
 に出席していた者で,同文書を作成する動機を有する被告及び新田以外に
 はあり得ない。
オ 赤旗記事文書
  しんぶん赤旗の拡大記事に「船山 謙次(元北海道教大学学長,元日本
 術会議会員)」,「平成5年7月3日付『しんぶん赤旗』藤岡先生の岳父,
 船山謙次先生の活動のごく一部です。」とのコメントが付された文書(甲
 22。以下「赤旗記事文書」という。)が、平成18年3月30日,西尾
 の自宅にファクシミリ送信された。そして,「船山謙次先生の活動のごく
 一部です。」という添え書きは,他にも原告の岳父である船山謙次の活動
 の証拠となる記事を複数検出したことを明瞭に窺わせるところ,原告の岳
 父である船山謙次の氏名の記されたしんぶん赤旗の記事を短時間に複数検
 索するには,記事検索システムが不可欠であるから,赤旗記事文書の作成
 者は,膨大なしんぶん赤旗のバックナンバー記事を検索するデータベース
 を持つ産経新聞社資料室にアクセスできる渡辺であることは明らかである。
カ 動機の存在
  被告は,平成18年2月27日のつくる会理事会において,原告のつく
 る会からの除名動議に賛成したものの,これが否決されたため,原告を失
 脚させる別の方法を探していたのであり,被告には本件文書の作成及び配
 布につき動機が存在する。なお,原告を失脚させることについて動機を有
 する者は,被告,宮崎及び新田の一派以外には存在しない。
(被告の主張)
 被告が本件文書を送付したことは否認する。原告の依拠する関係者の供述
は,鈴木のそれを除いては,いずれも原告又は鈴木において当該関係者がそ
のように発言したのを聞いたという何重もの伝聞の形式のものに限られてお
り,本件文書の作成及び送信に被告の関与があることを裏付ける直接の証拠
はなく,原告の依拠する書証も被告の関与を裏付ける証拠にはなり得ない。
ア 渡辺の告白について
  渡辺が平成18年4月3日に原告に対して謝罪したのは,原告の日本共
 産党所属歴に関して当時流布された情報を信じたことを原告から詰問され
 たからである。渡辺が同月6日に原告と面談した際,被告,宮崎及び新田
 の3名の名前に触れたのは,渡辺は,同人らがその時点で原告の日本共産
 党所属歴情報に接していたことを知っていたことから,原告がその情報を
 否定していることを同人らに伝える旨を約束したにすぎない。
  また,渡辺が,同月4日,鈴木に謝罪した事実はなく,鈴木が,渡辺に
 対し,渡辺が産経新聞社を解雇されることになる旨の警告をしたにすぎな
 い。
  さらに,種子島は,同月10日,つくる会全理事宅に速達便を送付し,
 内紛めいたことは止めようと呼びかけており,この時点においても内紛ら
 しき事態が継続していたことが窺われる。
イ 被告の供述について
 被告は,平成18年4月5日,鈴木と面談した際 鈴木が,渡辺は被告
 が本件文書を作成したと言っていたという誤導の発言をしたことから,と
 っさにそのような発言をしたとされた渡辺への反感もあり,抗議の意味を
 込めて,渡辺が風刺漫画を自ら作成して被告に送付してきたという誤解に
 基づく認識を前提として,上記風刺漫画を作成したのは渡辺である旨の発
 言をしたのであり,当時の被告の認識を前提とすれば相当な対応といえる。
ウ 土井の関与について
  原告の主張する土井の関与は,いずれも鈴木の認識を通じてのみ明らか
 にされたものであり,信用し難い。
 仮に,土井が本件文書の別のバージョンを所持していたとしても,当時
 は多数の文書が飛び交っていたのであるから,その所持をもって土井が送
  信行為に関与したことの間綾事実とはなり得ない。
   さらに,被告と土井との人的関係が、直ちに被告が送信行為に関与した
  ことの間接事実となるものではない。
 エ 書簡添付文書について
   被告は,鈴木交付文書を,鈴木から受領後ほどなく第三者に交付してお
  り,書簡添付文書の2枚目の出所が被告と特定されることにはならない。
  仮に,出所が被告と特定されたとしても,全く異なる文書を1枚目に付し
  た上で作成及び送信された書簡添付文書全体が被告の関与により作成及び
  送信されたとはいえない。
 オ 赤旗記事文書について
   記事検索システムがなければ赤旗記事文書を作成できないとの前提が論
  理性を欠いており,知識と根気さえあれば赤旗記事文書の作成は容易であ
  る。また,産経新聞社に原告主張の記事検索システムが存在することにつ
  いては原告の供述以外の証拠はなく,渡辺も赤旗記事文書に対する関与を
  否定している。
 カ 動機の存在について
   原告は,つくる会内部において,被告,宮崎及び新田らが原告の失脚を
  謀るグループを構成していたと主張するが,つくる会の内紛を単純な二者
  対立として理解できるかは疑問であり,合従連衡も当然あり得るのである
  から,原告の失脚を図るための事項はすべて被告を含む一派に帰責できる
  というのは,根拠のない決め付けにすぎない。
(2)争点(2)(本件文書等の名誉毀損性)について
 (原告の主張)
 ア 被告は,本件文書等により,原告が平成13年に日本共産党を離党した
  という事実を摘示した。
   上記摘示事実は,原告が日本共産党見でありながらそれを隠し,保守的
  教育観を掲げるつくる会の内部であたかもスパイとして活動していた背信
  者であるという印象を与えるものであり,原告の人格の一貫性と教育学者
  としての自己同一性に打撃を与え,その名誉を著しく毀損するものである
  ことは明白である。
 イ 本件第1手記及び本件第2手記そのものが原告の名誉を毀損しようとす
  る意図に基づくか否かは名誉毀損の成否に無関係である。
   また,雑誌記事を通じた議論の応酬は,真実に基づいて行えばよく,名
  誉を毀損する虚偽の事実に基づいて行われた詰論の応酬や論評までもが保
  護されるものではない。
 (被告の主張)
 ア ー般に政党所属履歴は,それ自体で人の社会的信用の低下をもたらすと
  はいえないものであり,また原告は当該政党所属歴を秘匿しておらず,こ
  のことはつくる会の関係者の間では周知であったのであるから,本件文書
  等が原告の名誉を毀損するものとは到底考えられない。
 イ 本件第1手記及び本件第2手記は,先行する西尾手記に対して被告の立
  場を明らかにした正当な論評であり,原告の日本共産党歴は,その過程で
  若干触れたにすぎない。また,本件記述1及び本件記述2から,原告が平
  成13年になって日本共産党を離党したという事実があったと認識するこ
  とは困難である。
(3)争点(3)(原告の損害額)について
 (原告の主張)
  つくる会の創立者の一人で保守的言論人として著名な原告が,被告による
 名誉毀損行為により被った社会的信用の低下と精神的損害及び原告が推進し
 てきた歴史教科書改善運動への打撃は甚だしく,これに対する慰謝料は10
 00万円が相当である。
  また,原告は名誉回復のため本件訴訟を提起することを余儀なくされ,こ
   れに要する弁護士費用は10D万円が相当である。
   (被告の主張)
    原告の損害額については,争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告による本件文書の作成及び配布の事実の存否)について
 (1)渡辺の告白について
   ア 原告に対する発言について
    げ)原告は,渡辺が原告に対し,平成18年4月3日に被告から公安情報な
     る原告の日本共産党離党に関する党歴情報を見せられて信用したことを
     謝罪したこと,同月6日に被告,宮崎及び新田に策謀を止めるよう伝え
     たと話したこと,渡辺が見た文書は本件文書と異なり冒頭3行部分がな
     い5行のものであったと答えたことをもって,被告による本件文書の作
     成及び配布の事実を推認することができると主張する。
      そして,原告作成の証言メモ等(甲7,9,10),原告陳述書(甲
     31)及び原告本人尋問の結果中には,上記主張に沿う部分があり,ま
     た,甲8及び証人渡辺の証言によれば,以下の事実を認めることができ,
     これらの事実も原告の主張に沿うものと一応いうことができる。
     ? 渡辺は,同年4月3日日 原告に電話をかけて面会を求め,同日午
      後5時ころ,池袋において,原告と面会した。原告は,渡辺が本件文
      書を見て原告が平成13年まで日本共産党に所属していたと信用した
      ことを知り、激怒した。渡辺は,原告に対し,その場で謝罪した。
       渡辺は,同日夜,原告に対し,「デマに引っ掛かり,教科書改善に
      心血を注いでおられる藤岡先生にあらぬ疑念を抱いてしまったことは
      何度お詫びしてもお詫びしきれません。本当に申し訳ございませんで
      した。」,「きょうからは正しい情報に基づいて,良心に恥じない行
      動を致します。二度と不確かな情報が流れないように各方面に強く呼
  びかけます。正しい社内世論作りにも全力を注ぎます。」等と記載し
  た謝罪のメールを送信した。
 ? 渡辺は,同月6日,原告から電話で,同年3月28日開催のつくる
  会理事会の録音テープの準備ができたので午後に自由主義史観研究会
  の事務所に来て欲しいと言われたため,文京区にある自由主義史観研
  究会の事務所に行ったところ,原告から,同月29日付けの産経新聞
  の記事に対する抗議の趣旨で,同月28日開催のつくる会理事会の録
  音テープを聴かされた。また,渡辺は,その際,原告から赤旗記事文
  書を見せられた。さらに,渡辺は,原告との会話の中で,被告,宮崎
  及び新田の3名の名前を出した。
(イ)そこで,上記の各事実について検討する。
 ? 渡辺は,その証人尋問において,平成18年4月3日に原告に謝罪
  した趣旨について,本件文書における原告の日本共産党離党に関する
  記載を信じたことを謝罪したものであると証言するところ,この証言
  は,渡辺がつくる会理事会に提出した平成18年4月28日付回答書
  における記載とも整合している。そして,この証言及び渡辺が原告に
  送信した電子メール(甲8)における「デマに引っ掛かり」という文
  面に照らすと,渡辺が原告に謝罪したことをもって,原告の日本共産
  党離党に関する記載を信じたことを超えて,本件文書の作成に関与し
  たことまでも認める趣旨であったと認めることはできない。
 ? 渡辺は,その証人尋問において,同月6日に原告と面談した際,原
  告の日本共産党離党の時期について話題にしていた人物として,被告,
  宮崎及び新田の3名の名前を出したにすぎず,また,原告から本件文
  書を見せられた際、警察以外の公的機関のデータだと思っていたので,
  警察の部分は違うような気がすると述べたにすぎないと証言し,同月
  6日に被告,宮崎及び新田こ策謀を止めるよう伝えたと話したこと,
   渡辺が見た文書は本件文書と異なり冒頭3行部分がない5行のもので
   あったと答えたことを否定しているところ,この証言は,渡辺の上記
   回答書における記載とも整合している。これに対し,同日における渡
  辺の原告に対する発言に関する原告の主張に沿う証拠は,いずれも原
   告の記憶に基づく伝聞に止まり,他にこれを裏付ける証拠はないから
   (原告は,平成18年4月12日作成の「渡辺浩記者(産経新聞教科
  書取材班)の証言メモ」と題する書面(甲9)において,同月6日に
   おける渡辺との会話についてテープに記録されていると記述している
   が,本件訴訟において,当冒亥テープを証拠として提出していない。)
   渡辺の証言に照らし,原告に主張に沿う証拠をもって,原告の主張に
   係る渡辺の発言を認めることはできない。
(ウ) そうすると,原告の主張に沿う前掲各証拠をもって,渡辺が原告に対
  して本件文書の作成に関与したことを認め,被告,宮崎及び新田に策謀
  を止めるよう伝えたと話したと認めることはできず,他にこれを認める
  に足りる証拠はない。
イ 鈴木に対する発言について
 (ア)原告は,渡辺が,平成18年4月4日に鈴木と面談した際,渡辺が鈴木
  に謝罪し,「とにかく謀略はいけません。八木,宮崎にもう謀略は止め
  ようと言ったので,もう謀略はありませんから。」 「私は産経新聞を
 首になるかも.しれない。」などと言って謝罪したと主張し,原告のプロ
  グ(甲10),鈴木陳述書(甲19),同月30日開催のつくる会理事
  会における鈴木の発言(甲30の2)及び証人鈴木の証言中には,この
  主張に沿う部分がある。
 (イ)そこで検討すると,証人渡辺及び証人鈴木の証言によれば、渡辺が,
 鈴木に対して面会を求め,同月4日午後2時ころ,東京駅前の丸ビルの
  喫茶店において,鈴木と面会したことが認められるものの、渡辺は,そ
   の証人尋問において,渡辺の方から「謀略」,「首になる」などの発言
   はしておらず,むしろ鈴木が「あなたは(産経新聞社を)首になる
   よ。」と発言したと証言しているところ,渡辺の証言内容それ自体に不
   自然な点は見当たらない。
    これに対し,同日における渡辺の鈴木に対する発言に関する原告の主
   張に沿う前掲各証拠は,いずれも鈴木の記憶に基づくものに止まり,他
   にこれを裏付ける証拠はない。かえって,証人鈴木は,被告代理人によ
   る反対尋問において,原告の党歴に関して警視庁に行った問い合わせの
   結果について,回答がなかった旨証言したところ,原告代理人による再
   主尋問において,取材源の問題があることから,原告代理人と打ち合わ
   せて記憶と異なった証言をしたことを認めるに至っており,その信用性
   には問題を指摘せざるを得ない。
    そうすると。証人渡辺の証言に照らし,原告の主張に沿う前掲各証拠
   をもって,渡辺が鈴木に対し原告の主張に係る発言をしたことを認める
   ことはできない。
 ク 渡辺の発言後の経緯について
   原告は,渡辺が,被告,宮崎及び新田に対し,策謀を止めるよう伝えた
  後,文書の送付等がなくなったと主張し,原告本人尋問の結果中にも,こ
  の主張に沿う部分がある。
   しかしながら,渡辺が,被告,宮崎及び新田に対して,策謀を止めるよ
  うに伝えたとの事実を認めることができないことは前記アのとおりである
  から,上記主張を前提として被告による本件文書の作成及び配布の事実を
  推認することはできない。
(2) 被告の告白について
 ア 原告は,平成18年4月5日被告が鈴木と面談した際,被告が「謀略
  文書を作ったのは産経の渡辺君のくせに。」,「彼は,1通,いや2通作
 った。これは出来がいいとか言ってニヤニヤしていたんだから。」などと
 話したと主張する。
 そして,原告のプログ(甲lO),鈴木の陳述書(甲19)及び証人鈴
 木の証言中には上記主張に沿う部分があり,同月30日開催のつくる会理
 事会における鈴木の発言(甲30の2)中にも,これに沿う部分がある。
 また,被告自身も,本人尋問において,鈴木に対し,怪文書は渡辺氏こそ
 が作ったといえるのじゃないかなどと話したことを認めており,この事実
 は原告の主張に沿うものと一応いうことができる。
イ これに対し,被告は,渡辺が,以前,風刺漫画を被告の自宅に送付して
 きたことがあったところ,鈴木が,渡辺は被告が本件文書を作成したと言
 っていたという誤導の発言をしたことから,とっさにそのような発言をし
 たとされた渡辺への反感もあり,抗議の意味を込めて、渡辺が風刺漫画を
 自ら作成して被告に送付してきたという誤解に基づく認識を前提として,
 上記風刺漫画を作成したのは渡辺である旨の発言をしたものであると主張
 し,被告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。
  また,甲30の2及び乙6によれば,被告は,平成18年4月30日開
 催のつくる会理事会において,本件文書への関与について質問されたのに
 対し,「謀略文書云々については,それを彼(渡辺記者)が送ったかどう
 かは私はわかりません。(被告の)家に別なものをつくって送ってきたこ
 とがあります。それは,(西尾宅に)送られたものとは違います。」と答
 えたこと,被告は,同年7月ころ,「諸君!」2006年9月号に掲載さ
 れた「西尾・藤岡両氏に物申す」と題する手記において,「同氏(渡辺)
 によれば,産経新聞社には『つくる会』内紛に関して二月から三月に掛け
 で怪文書紛いのものが多数送られてきた。私を誹誘中傷したものや西尾・
 藤岡両氏を非難したものがあり,何校かを照会の意味で私の自宅にファッ
クスで送ったという。その中の二通(西尾・藤岡両氏を揶揄したもの,藤
  岡氏の手法を非難したもの)について『これは出来がいい』と渡辺氏が電
  話で述べたので,私は同氏の自画自賛だと思い込んでしまったのが真相だ。
  渡辺氏はそのことを四月三十日夜に私に伝えたというが,大した問題だと
  思わなかったので記憶に残っていなかった。渡辺記者及び産経新聞社には
 私の勘違いと不用意な発言により,著しく名誉を傷付けたことを深くお詫
  びする。」と記述していることの各事実が認められ,これらの事実は被告
  の主張と整合するものである。
   さらに,渡辺も,証人尋問において,平成18年4月30日に被告に電
  話をし,同日開催のつくる会理事会における被告の発言内容について問い
  合わせたところ,被告は,渡辺が送付した風刺漫画は渡辺が作成したもの
  と誤解していたので,そうではなく,渡辺のところに来たものを送付した
  ものであることを説明したと証言しており、この証言も被告の主張を裏付
  けるものということができる。
 ウ 被告の主張こ沿う上記各証拠及び事実に照らせば,被告が,鈴木に対し
  で怪文書は渡辺氏こそが作ったといえるのじゃないかなどと発言したこと
  をもって,被告が本件文書の作成及び送付に関与していることを推認する
  ことはできない。
   なお,甲30の2によれば,被告が,同年4月30日開催のつくる会理
  事会において,「私を支持してくれている人たちがやったということを言
  われるのであれば,それはそうかもしれません。」と発言したことが認め
  られるものの,被告の上記発言は,被告が,被告の支持者が本件文書の作
  成及び配布等に関与している可能性について推測して言及したにすぎない
  ものであって,この発言をもって被告が本件文書の作成及び配布に関与し
  ていることを推認することもできない。
(3)土井の関与について
  原告は,被告に近い立場にある土井が本件文書の別のバージョンを所持し
 ていたこと,的場及び渡辺が,鈴木に対して,土井が本件文書の送信したと
 認めていたことも,被告が本件文書の作成及び配布を行ったことを推認させ
 ると主張する。そして,鈴木の陳述書(甲19,27)及び証言中にはこの
 主張に沿う部分がある。
  そこで検討すると,甲11,29によれば,土井が本件文書の別のバージ
 ョンを所持していた事実は認められるが,同時に,本件文書の多数のバージ
 ョンがつくる会の関係者の間で出回っていたことも認められるから,土井が
 本件文書の別のバージョンを所持していたことをもって,土井が本件文書の
 作成及び送信に関与していたと推認することはできない。
  また,土井が本件文書を送信していたとの的場及び渡辺の発言に関する証
 拠は,いずれも鈴木の記憶に基づく伝聞に止まり,渡辺はその証人尋問にお
 いて上記発言を明確に否定しているところ,鈴木の証言の信用性に問題なし
 としないことは,前記(1)イ(イ)のとおりであり,他にこれを裏付ける証拠はな
 いから,原告の主張に沿う上記各証拠をもって,的場及び渡辺が上記発言を
 したことを認めることはできない。
  そうすると,本件文書の作成及び配布への土井の関与を認めることができ
 ない以上,それを前提として本件文書の作成及び配布への被告の関与を推認
 することもできない。
(4)書簡添付文書について
 ア 原告は,書簡添付文書に添付されていたのは,鈴木が被告に交付した鈴
  木交付文書の一部であり,書簡添付文書の1枚目に記載されていた内容は
  被告及び新田しか知り得ないものであったから,書簡添付文書を作成及び
  送信したのは被告であり,そうすると,本件文書もまた被告が作成及び配
  布したと主張する。
 イ そこで検討すると,甲3,12,14,19から21まで,甲30の2
  及び証人鈴木の証言によれば,次の事実が認められる。
(ア) 西尾は,平成18年2月3日,原告に対し,前日の執行部の打合せにお
 ける原告の対応について,被告のペースにはまっていたと非難するとと
 もに,原告が被告に対する文書攻撃を開始してつくる会の覇権を獲得す
 ることを求め,原告を応援するよう三副会長及び福地に檄を飛ばしたこ
 とを伝える電子メールを送信した。これに対し,原告は,その写しに,
 原告が覇権を求めたことはなく,宮崎,新田ら4名及び被告の行動に良
 識派が怒っているにすぎない旨手書きで反論を加えたものを西尾にファ
 クシミリ送信した。これに対し,西尾は,再度,原告の言い分は綺麗事
 にすぎ,西尾ら良識派は原告を会長にするのがさしあたりの終着点であ
 るところ,今のままでは宮崎辞任後には,新田ら4名を容認し,会の活
 動の再開を急ぐ流れとなり,被告の思惑どおりになりかねない旨手書き
 でコメントを加えて原告にファクシミリ送信した。
  原告は,同日夕方。鈴木に対し,上記の西尾・藤岡往復書簡をファク
 シミリ送信した。
(イ) 鈴木は,同年3月24日ころ,被告に対し,西尾・藤岡往復書簡に記
 載されている「宮崎・4人組・八木」という手書きの部分を「宮崎・4
 人組+八木」と書き換えた鈴木交付文書を交付した。その際,鈴木は,
 被告に対し,同書簡は,原告と西尾間の書簡であって,被告に交付する
 ことを原告にも断ってないので,他人に見せないようにと注意した。
(ウ) 同年4月1日深夜,西尾の自宅に,西尾・藤岡往復書簡の一部を削除
 した文書が添付された書簡添付文書がファクシミリ送信された。書簡添
 付文書の1枚目には,「『フジ産経グループ代表の日枝さんが私に支持
 を表明した』と八木が明かすと会場は静まり返りました。」,「藤岡は
 『私は西尾から煽動メールを受け取ったが反論した』と証拠資料を配り
 ました。代々木党員問題はうまく逃げましたが,妻は党員でしよう。」
 などと記載されていた。なお,書簡添付文書に添付された書簡部分にお
 いては,手書き部分は「宮崎・4人組+八木」と記載されていた。
国 鈴木は,西尾・藤岡往復書簡が書簡添付文書の一部として流通している
 ことを知り,同月7日ころ,被告に鈴木交付文書の管理状況について問
 い合わせたところ,被告は「たたんで家に置いてあり,誰にも見せてい
 ない。」旨回答した。
(オ) その後,鈴木は,同月12日ころ,原告から書簡添付文書を見せられ,
 鈴木交付文書と一致すると考えたことから,被告に射し,再度,鈴木交
 付文書を外部に出したのではないかと問い詰めたところ,被告は、実は
 新田にファクシミリ送信したと答えた。
(カ) 被告は,同月30日開催のつくる会理事会において,鈴木交付文書を
 新田にファクシミリ送信したことを認めた。
(キ) 被告は,雑誌「SAPI〇」2006年7月12日号に掲載された本
 件第2手記において,「『西尾・藤岡往復書簡』のコピーを私は鈴木尚
 之氏から3月23日午前にファックスで受信した。その1時間後に新田
 均氏に懇請されて新田氏宅にファックスした。後で知ったことだが,新
 田氏はそれを多数コピーして関係者に渡したという。」,「実はこの
 『往復書簡』のポイントは,名誉会長の称号を返上し『書斎にもどる』
 ことを言明した西尾氏が『八木おろし』の主役を務めていたことを示し
 ていたことにある。私は鈴木氏からこの文書が西尾『主犯』説を立証す
 る証拠として渡され,実際、手にしてみて内容に驚愕した。私に対する
 多くの理事の不可解な行動がすべて西尾氏の指令に基づくものであった
 ことを示すものだったからだ。新田氏に転送したのは私一人では抱えき
 れない大きな問題が記されていると思ったからであり,新田氏が関係者
 に渡したのも同氏の推理を裏付ける決定的な資料と思ってのことだ。」
 と記述した。
 上記の事実によれば,書簡添付文書に添付された書簡部分は,鈴木が被
 告に交付した鈴木交付文書の写しであることが認められ,この事実は、被
 告が書簡感付文書の作成に関与したことを窺わせるものと一応いうことが
 できる。
ウ これに対し,被告は,鈴木交付文書を,鈴木から受領後ほどなく第三者
 に交付しており,書簡添付文書の2枚目の出所が被告と特定されることに
 はならないと主張し,本人尋問においても,西尾・藤岡往復書簡を原告と
 西尾が被告をつくる会から追放することを画策している文書であると認識
 し,これを隠すことはできないと考えて、鈴木交付文書を新田にファクシ
 ミリ送信したと供述する。
  そして,西尾・藤岡往復書簡の上記イ(ア)認定の記載内容に照らせば,被告
 が西尾・藤岡往復書簡を重大なものと考えて新田に送付したとの上記供述
 は,不自然なものとはいえず,また,当該内容は,被告が自分一人では抱
 えきれない大きな問題が記されていると思って新田に転送し,新田も同人
 の推理を裏付ける決定的な資料と思って関係者に渡したとする上記イ(キ)認
 定の本件第2手記の記述とも整合する。これに加えて,被告は,平成18
 年4月12日ころから一貫して,鈴木交付文書を新田に送信したと供述し
 ていることを考慮すれば,被告が,新田に対して鈴木交付文書を交付し、
 その後,新田が関係者にそのコピーを交付したことを推認することができ
 る。
  そうすると,被告が鈴木交付文書を他の者に交付していないとの前提に
 立つ原告の前記主張は,その前提を異にするものであり,書簡添付文書に
 添付された書簡部分が,鈴木交付文書の写しであることをもって、被告が
 書簡添付文書を送信したと認めることはできない。
エ また,原告は,書簡添付文書の1枚目には「『フジ産経グループ代表の
 日枝さんが私に支持を表明した』と八木が明かすと会場は静まり返りまし
 た。」との記載があるところ,同年3月28日開催のつくる会理事会にお
  いて被告が上記記載と同趣旨の発言をしていることをもって,書簡添付文
  書を作成した者は,上記理事会に出席していた者の中で,同文書を作成す
  る動機を有する被告及び新田以外には存在しないと主張する。
   なるほど,甲35,36によれば、上記理事会において,種子島が,
 「『つくる会』新しい出発のために」と題する資料を配付して,フジサン
  ケイグループが被告の早急な会長復帰を望んでいると説明した際に,被告
  が,「私内々に聞いておりますが,今は,だいたいそういう、ここに種子
  島会長がお書きになった通りでございます。日枝会長に,私は直接お会い
  をして,こう伺っております。」と発言したことが認められ,この事実は
  原告の主張に沿うものと一応いうことができる。
   しかしながら,上記理事会は同年3月28日に開催されたところ,書簡
  添付文書が西尾宅に送付されたのは同年4月1日の深夜であることは上記
  イ(ウ)に認定のとおりであり,その間数日の開きがある。そうすると,上記
  理事会の出席者以外の者が,上記理事会の出席者から議事内容を聞いた可
  能性も否定できない以上,書簡添付文書の1枚目に上記理事会における被
  告の発言と同趣旨の記載があることをもって,被告及び新田が書簡添付文
  書を作成及び配布したと推認することはできない。
(5)赤旗記事文書について
 ア 原告は,赤旗記事文書について,原告の岳父である船山謙次の活動の証
  拠となる記事を複数検出したことを明瞭に窺わせるものであるところ,そ
  のためには記事検索システムの利用が不可欠であるから,同文書を産経新
  聞社のバックナンバー記事の検索システムを利用し得る渡辺が作成したこ
  とは明らかであり,そのことは渡辺と共謀していた被告が本件文書を作成
  及び配布した根拠となると主張するところ,甲10,31及び原告本人尋
  問の結果中にはこれに沿う部分がある。
   また,甲22によれば,西尾の自宅に.平成18年3月30日,赤旗記
  事文書がファクシミリ送信されたこと,赤旗記事文書は,平成5年7月3
  日付「しんぶん赤旗」に掲載された平成5年総選挙において日本共産党を
  支持している「各界各層の人びと」の一覧のコピーに,その中の「船山謙
  次(元北海道教大学学長,元日本術会議会員)」との記載を拡大したもの
 及び「藤岡先生の岳父,船山謙次先生の活動のごく一部です9」とのコメ
  ント等を付したものであることが認められる。
 イ そこで検討すると,原告の主張は,赤旗記事文書の作成には,産経新聞
  社に存在する記事検索システムが不可欠であることを前提とするものであ
  るところ,原告は,しんぶん赤旗の記事検索システムが産経新聞社に存在
  する旨供述するものの,上記検索システムが産経新聞社以外に存在しない
  こと及び平成5年7月3日付記事の検索には上記検索システムが不可欠で
  あることについては,立証がないといわざるを得ない。
   これに対し,原告が作成者と主張する渡辺は,その証人尋問において,
  赤旗記事文書への関与を明確に否定している。
   そうすると,渡辺の証言に照らし,原告の主張に沿う前掲各証拠をもっ
  て,渡辺が赤旗記事文書を作成したと推認することはできない。
(6)動機について
  原告は,原告のつくる会からの除名動議が否決されたため,被告は原告を
 失脚させる別の方法を探していたのであり,つくる会内部において原告を失
 脚させる動機を有する者は被告のグループ以外には存在しないと主張し,甲
 12,14,24,31中には上記主張に沿う部分がある。
  そこで検討すると,つくる会において,平成17年8月ころから,執行部
 及び理事会内部で激しい意見対立が生じており,原告及び西尾を中心とした
 執行部と,西尾の影響力の排除を求める新田ら4名とが対立していたこと,
 被告は,当初,原告及び西尾を支持する立場であったが,次第に新田ら4名
 の意見に同調するようになったことから,原告らは被告に対する不満を強め
 ていったこと,平成18年2月27日開催のつくる会理事会において,原告
 の副会長からの除名動議が新田により提出され,被告は賛成票を投じたもの
 の,僅差で否決されたことは,前記第2の1(2)ア及びイに認定のとおりであ
  る。
   しかしながら,つくる会内部において,原告を中心とするグループと被告
 を中心とするグループの対立が存在していたとしても,そのことから,直ち
 に本件文書の作成及び配布が被告によるものと推認することはできないし,
 仮に,本件文書の作成及び配布が被告の支持者によるものであるとしても,
 そのことから,直ちに被告が関与したものと推認することもできない。
(7)以上によれば,原告主張の事実及びこれに沿う証拠をもって,被告が本件
 文書の作成及び配布を行い,又はこれに関与したと認めることはできず,他
  にこれを認めるに足りる証拠はない。
2 争点(2)(本件文書等の名誉毀損性)について
(1)原告は,被告が,本件文書等により,原告が平成13年に日本共産党を離
 党したという事実を適示したところ.この摘示事実は、原告が日本共産党員
 でありながらそれを隠し,保守的教育観を掲げるつくる会の内部であたかも
 スパイとして活動していた背信者であるという印象を与えるものであり,原
 告の名誉を著しく毀損するものであると主張する。
  これに対し,被告は,一般に政党所属履歴は,それ自体で人の社会的信用
 の低下をもたらすとはいえないし,また,本件第1手記及び本件第2手記は
 先行する西尾手記に対して被告の立場を明らかにした正当な論評であり,原
 告の日本共産党歴は,その過程で若干触れたにすぎず,本件記述1及び本件
 記述2から,原告が平成13年になって日本共産党を離党したという事実が
 あったと認識することは困難であると主張する。
(2)まず,本件文書については,被告が本件文書の作成及び配布を行い,又は
 これに関与したと認めることができないことは,上記1に判示のとおりであ
その余について判断するまでもなく原告の請求は理由がないことが明ら
かであるので,本件文書の名誉毀損性については判断しない。
 ところで,雑誌に掲載されたある記事の意味内容が他人の社会的評価を低
下させるものであるかどうかは,当該記事についての一般の読者の普通の注
意と読み方とを基準として判断すべきであるから(最高裁昭和29年脚第6
34号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参
照),以下,この観点から,本件記述1及び本件記述2が,原告の名誉を毀
損するか否かについて検討する。
ア 本件記述1について
  本件第1手記(甲2)には,冒頭の小見出しに「推測に基づく『SAP
IO』誌上の西尾氏の批判」とあること,手記の総論部分において「『S
 APIO』(六月十四号)で,西尾幹二氏が自らの非を何ら認めることな
 く,推測に基づき他の人々の批判を展開しているけれども,私は自らの体
 験を中心に,可能な限り感情的にならず客観的に自省的に記していきた
 い。」とあることから,本件第1手記の読者としては,その記述は,西尾
 からの批判に対する反論として位置づけられることが理解できると解され
 る。
  そして,本件記述1においては,その冒頭に,「藤岡氏の共産党履歴に
 関する文書について,私がこの文書に関わっているとの凝惑が浮上したと
 して,藤岡氏と福地氏が問題にし,種子島会長に私を査問するよう求め始
 めた。」と記載され,その次に,本件文書を巡る事実関係に関する記載が
 され,最後に,「結局,それが私が言い回っているという諸にされてしま
 った。そればかりか,その文書自体を私が捏造したものとの嫌疑まで一部
 から掛けられた。」と記載されるという構成となっていることからすると,
 本件第1手記の読者としては,前記の本件第1手記の位置づけと合わせ,
 本件記述1の主題は,被告が本件文書の作成に関わっており,原告の共産
 党履歴について被告が言い回っているとの批判に対する反論にあると理解
 するものと解される。
 また,上記の本件文書を巡る事実関係としては,3月中旬ころには被告
 の手元に本件文書が来ていたこと,本件文書の「H13 日共離党」とい
 う記述は噂になっており,念のために知り合いの公安関係者に問い合わせ
 たところ,「確かにうちのデータではそうなっていますね」との回答があ
 ったので,親しい人数人に「公安関係者はそう言っていますね」と語った
 こと,それを福地にも話したことが記載されており,これが,被告が本件
 文書の作成に関わっておらず,原告の共産党履歴について言い回っていな
 いという反論の根拠となっている。
  そして,原告が,「H13 日共離党」との記述に関しては,「私は正
 式に離党が受理されるまでに時間が掛かったのでは,くらいに受け止め,
 あまり問題にしていなかった。」と記載されており,このほか,平成13
 年が原告がつくる会に所属している時期であって重要な意味を持つことを
 窺わせる記述は格別存在しないことからすると,本件第1手記の読者とし
 ては,原告は,日本共産党に所属していた時期があったが,平成13年よ
 り前の時期に離党しており,離党歴そのものは重要な間居ではないと理解
 するものと解される。
  本件記述1について,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に,上
 記のような本件記述1の内容や「H13 日共離党」とある部分の前後の
 文脈を考慮すると,原告が平成13年まで日本共産党に所属していたとこ
 ろ,同年に離党したという事実を断定的に主張するものと理解されるとは
 いえず,本件記述1が上記事実を摘示したものと解することはできない。
イ 本件記述2について
 本件第2手記(甲3)には,その見出しに「SAPI06月14日号
 『私が「新しい歴史教科書をつくる会」を去った理由』に異議あり」,
  「西尾幹二氏の『手記』に反論する」とあること,同手記の冒頭には「私
  に関わる記述についてのみ事実関係を明らかにし,反論する。」との記載
  があることから,本件第2手記の読者としては,その記述は,西尾手記に
  対する反論としてされたものであると理解することは明らかである。
    そして,被告が「『公安と自分はパイプがあって,これには確かな証言
  がある』と触れ回っていた」との西尾手記の記述に対して,本件記述2に
  おいては,被告の認識する事実経過として,原告の日本共産党歴に関わる
  「警察公安情報」について,「公安関係者に問い合わせた」ところ,「う
  ちのデータではそうなっている」との回答を受けたので,「それを親しい
  数人に話しただけ」であること,福地に会った際,原告の日本共産党歴の
  話が出たので「公安関係者はそう言っていますね」と言っただけであるこ
  と等が記載されている。他方,本件記述2には,原告が日本共産党を離党
   した年度等の記載は存在しない。
   本件記述2について,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に,上
  記のような本件記述2の内容を考慮すると,原告が平成13年まで日本共
  産党に所属していたところ,同年に離党したという事実を断定的に主張す
  るものと理解されるとはいえず,本件記述2が上記事実を摘示したものと
  解することはできない。
(3)そうであれば,本件記述1及び本件記述2をもって,原告が平成13年に
  日本共産党を離党したという事実を摘示したものと解することはできないか
 ら,原告が平成13年に日本共産党を離党したという事実を鯖示することが
 原告の名誉を毀損するものであるか否かを判断するまでもなく,被告が本件
 第1手記及び本件第2手記の掲載により原告の名誉を毀損したことに基づく
 請求は理由がない。
3 結論
 以上のとおりであって,原告の請求は,その余について判断するまでもなく
理由がないことが明らかであるから,これを棄却することとし,主文のとおり
判決する。

     東京地方裁判所民事第10部


         裁判長裁判官  鹿 子 木    康


            裁判官  藤  本  博  史


            裁判官  兼  田   由  貴

参考
 

藤岡信勝先生の公判報告


怪文書その他の資料

理事会の録音